2005年11月27日

日野産大豆プロジェクト 大豆の収穫無事終了

 日野産大豆プロジェクトの大豆が11月26日(土)、多くの関係者の参加により無事収穫された。この日は、市内2ヶ所の畑で栽培されている大豆の刈り取りが行われた。刈り取られた大豆は、2週間ほどよく乾燥させた後、脱穀される。小春日和の中、農業者、学校栄養士、調理員、市の職員、ボランティアなどにより和気あいあいと作業が行われた。

 日野産大豆プロジェクトは、日野市内で大豆を無農薬で育て、それを市内のお豆腐屋さんが「日野産豆腐」にし、学校給食で子供たちに食べてもらおうという活動である。
 きっかけは、学校栄養士たちで構成された遺伝子組換え研究会(1998年)がまとめた「子供たちに安全な豆腐を食べさせたい」という夢だった。元々、日野市では1983年から学校給食に地元産の農産物を利用してきた。この延長として、日野産の大豆を市内の豆腐店で豆腐に作れないかと考えた。 
 この夢に「ならば、遺伝子組換えでない、安全・安心な日野産大豆を作ってみよう!」と市内の農業者が応え、2003年にプロジェクトはスタートした。
 農業者、学校栄養士、調理員、市職員、豆腐店、農協などが集まり、畑の確保、趣旨の選定などの話し合いが始まった。マルチを敷き、種まき、ネット張り、草取り、刈り取り、脱穀、選別などの作業を農業者の指導の下に関係者みんなで行った。初年度2003年の収穫は約100kg、7校の小中学校で給食に提供された。
 2年目の2004年は、活動の輪が広がり、新たに実践女子短期大学、NPOやまぼうし、栄養士会が参加し、作付面積も3ほ場、1400uと増え、240kgの収穫があった。また、学校給食に納入している全ての豆腐店5店の協力を得られ、市内の全小中学校(13000食)の子供たちが食べることが出来るようになった。
 「種まきから草むしり、脱穀、選別までを体験して、太陽の強さをまざまざと感じ、農作業の大変さを知った。反面、協働や収穫の喜びと達成感を味わうことが出来た。大豆畑を通して市民と学校関係者が一緒になり、汗と笑顔がいっぱいの農作業だった。今後、もっと畑と仲間が増え、安全でおいしい豆腐が食べられるようになれば良いな」と栄養士の斎藤氏は語る。
 平山小学校では、日野産大豆プロジェクトで収穫した大豆を使用して、6年生が豆腐づくりにもチャレンジした。
 3年目の今年も、6月中旬から種まき、草取りを行い、この日の収穫となった。年明けには、日野産豆腐として学校給食に提供される予定。
 「私たちはこの活動を、無理せず長く続けて、輪を広げていくことを第一と考えている。子供たちに安全・安心なものを食べさせたいという願いは、給食を食べている子供たちに伝わっていると思う。学校給食の中では、一握りの日野産大豆であるが、みなさんと共に続けていきたい。」と代表で農業者の小林氏は語る。
posted by 農楽人 at 00:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日野産大豆プロジェクト

2005年11月20日

日野産大豆プロジェクト 豆腐試食会が開かれる

 「子どもたちに安全・安心な豆腐を食べさせたい」という栄養士や調理員など学校給食関係者の熱い願いからスタートした日野産大豆プロジェクトは、11月19日(土)実践女子短期大学で豆腐試食会を開いた。この活動は、日野市内で大豆を無農薬で育て、それを市内のお豆腐屋さんが「日野産豆腐」にし、学校給食で子どもたちに食べてもらおうというもので、今年3年目となる。
 この日の試食会には、プロジェクトに参加している農業者、市民ボランティア、栄養士や調理師、同短大の学生、市職員など30名ほどが集まった。試食した豆腐、ゴマ豆腐、湯葉、豆乳は昨年収穫した大豆240kgの一部を市内の百草食品が香り高く加工したもの。
 プロジェクト代表の小林和男氏は「無理せず長く続けて、輪をひろげていこう」が口癖。農業者でもある小林氏から今年の生育状況について報告があり、翌週26日が収穫日と示された。
 次に栄養士の丸氏から、「遺伝子組換えでなく安全で安心できる大豆の豆腐を食べさせたいという思いが、いつの間にか多くの人の力で大きな活動につながった。」と説明があった。
 加工した百草食品によると、日野産大豆は水をよく吸うため柔らかくなりやすいので水加減がむずかしいとのこと。「普段使用している大豆とは性質が違うので、毎回が勉強です。」
 この試食会は、収穫を前に関係者が集まるよい機会となった。今年の豊作を願い、関係者の意欲は高まった。
posted by 農楽人 at 00:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日野産大豆プロジェクト
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